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~総構東側(猫間川)から玉造、真田丸跡、清水谷を経て総構南側(空堀)へ~
現在放映中のNHKの大河ドラマ「豊臣兄弟」で、大坂城がどのように描かれるか楽しみですが、現在私たちが見ている大阪城の石垣や堀は秀吉が築いたものではなく徳川氏によって再建されたものであることは案外知られていません。豊臣大坂城は大坂夏の陣ののち徳川氏によって埋め立てられて地下深くに眠っていますが、その規模は、現在の大阪城及び大阪城公園の4倍近い巨大なものでした。
外堀にあたる総構(そうがまえ)は、その多くが埋め立てられましたが、その位置は研究によって明らかになっています。
今回は大坂城の総構を3回に分けて完歩します。実際に歩いてみることで、豊臣大坂城の巨大さを実感してみましょう。
第2回は、東側から南側を歩きます。
森ノ宮駅~猫間川跡~玉造駅~三光神社~陸軍墓地~真田丸跡~清水谷~空清町公園~ひかりのくに~空堀商店街~桃谷小学校跡~ドーバー海峡坂~温泉坂~谷町六丁目駅(解散)
予約不要
補足情報
QRコードをスマートフォンで読み取ってもらう方法によって、江戸時代の古地図や明治以降の地形図を提供し、タイムトリップを体感していただきます。資料は大阪あそ歩のFacebookでも公開します。